コラム

離婚時の親権者指定に際し現状維持を優先せず従前の非監護親に指定した裁判例

離婚事件ではご夫婦の間にお子様がおられる場合子の親権をどちらの親がとるかで争いが生じるケースは多々あります。
裁判所が離婚後の子の親権者を決定する際の考慮要素として、①現状維持の原則、②母性優先の原則、③子の意思の尊重(特にある程度の年齢になった場合)、④兄弟不分離の原則などがあるといわれていますが、実務では、裁判所は、①の現状維持の原則を極めて重視しているように感じます。そのため、実際にお子さんの面倒を見ている親の監護養育に問題がないのであればそのまま監護を継続させるという判断をすることが多いと思われます。
裁判所としては、それまでお子様と生活していなかった非監護親に親権者を変更することで、その後万が一問題が生じた場合のリスクを回避するため、①の現状維持を優先する判断となることはやむを得ない面は理解できます。

ところが、先般発刊された判例時報2309号に、現状維持を優先しなかった裁判例(離婚等請求事件、千葉地裁松戸支部 平成28年3月29日判決)が掲載されており、興味深い裁判例と思われますのでご紹介したいと思います。

事案の概要は、母と父は婚姻して長女をもうけたが次第に夫婦仲が悪くなり平成22年5月6日、母が父の了解なく長女を連れて自宅を出て、母は長女を父の元に返さない形で別居を開始した。父が長女を取り戻すため子の監護者指定や子の引渡しの申立を行なったがいずれも却下され長女は母が監護し続けた。そうしたところ、母が離婚訴訟を提起して親権者を自ら指定するように求めて離婚を求めた。母が子を連れて別居を開始してから離婚判決まで5年10ヶ月の間母が長女と同居し監護を行っており特段母による監護に問題点は見られないという事案でした。

これまでの実務の趨勢から見ると、長女の親権者は従前長女を監護していた母と指定される確立が高い事案と思われましたが、裁判所は、下記の理由から親権者を長女を監護していなかった父と指定し、長女を父に引き渡すよう命じました。
その理由として裁判例は、「原告は被告の了承を得ることなく、長女を連れ出し、以来今日まで5年10か月間、長女を監護し、その間、長女と被告との面会交流には合計で6回程度しか応じておらず今後も一定の条件の下での面会交流を月1回程度の頻度とすることを希望していること、他方、被告は長女は、長女が連れ出された直後から長女を取り戻すべく、数々の法的手段に訴えてきたが、いずれも奏功せず、爾来今日まで長女との生活を切望しならが果たせずに来ており、それが実現した場合には、整った環境で、周到に監護する計画と意欲とを持っており、長女と原告との交流については緊密な親子関係の継続を重視して、年間100日に及ぶ面会交流の計画を提示していること、以上が認められるのであって、これらの事実を総合すれば、長女が両親の愛情を受けて健全に成長することを可能とするためには、被告を親権者として指定するのが相当である。」との理由を述べています。

裁判例が一番重視しているのは、面会交流に向けての積極性が父親のほうが強いことから親権者を父としたほうが、長女が両親の愛を十分に受けることができ、他方、母は面会交流に積極的ではないので、長女が父親の十分な愛情を受けて育つことができないということのように読めます。もっとも、母が提案していた月1回の面会交流も面会交流が問題となる事案としては決して少なくない頻度であるので、裁判所が面会交流への積極性を重視して本件のような判断をしたことは思い切った判断であると思います。

なお、裁判所は、一番最初に母が父に無断で長女を連れて別居したことも多少考慮しているのかもしれません。(これについては、子の監護者指定や子の引渡しで決着がついているので考慮をしているかどうかは不明ですが。)
いずれにせよ、裁判所は実務上ややもすれば現状優先の判断をすることが多いなか本件のような判断は、親権争いが問題となる案件において非常に興味深い判断といえます。
本件が控訴されていると思われますが控訴審でも第1審の判断を維持するのかもまた見守りたいと思います。