コラム

退職金と財産分与(裁判例の分析)

1、離婚における財産分与~はじめに

離婚事件において退職金の財産分与が問題になることがあります。

退職金は、他の財産分与財産と異なり、将来支給されるものであるという特殊性があり、特に定年退職まで相当の期間があるような場合、本人が死亡、解雇、中途退職する可能性や、会社側が倒産する可能性もあり退職金が支給されるか不確定な場合があります。

そこで、退職金がそもそも財産分与の対象財産になるのか、財産分与対象財産になるとして分与額をどのように算定するのか、いつ分与させることとなるのか(離婚時か退職金支給時か)が問題になります。この点に関する裁判例をいくつか検討し、現在の実務上退職金の財産分与がどのように判断されているかを見てみたいと思います。

2、関連裁判例一覧

(1)裁判例1

【裁判所等】
東京家庭裁判所 平成22年06月23日審判、財産分与申立事件

【事案の概要】
離婚した妻が夫に対し財産分与等を申し立てた事案。審判時において、夫は信用金庫に30年以上勤務。退職まで約5年の事案。

【裁判所の判断】
夫は信用金庫に30年以上勤務しており、信用金庫を退職した場合は退職金の支給を受ける蓋然性が高いことから、退職金は、財産分与の対象となる夫婦の共同財産に当たる。
別居時に自己都合退職した場合の退職金額983万6500円に同居期間を乗じ、それを別居時までの在職期間で除し、50%の割合を乗じて分与額を算定し、夫が、退職金の支給を受けたときは、そのうちの399万4379円を分与すべきである。

(2)裁判例2

【裁判所等】
名古屋高等裁判所、平成21年05月28日、離婚事件

【事案の概要】
妻が夫に対して離婚及び財産分与等を請求した事案において、夫の退職が15年後であった事例。

【裁判所の判断】
夫が、定年までに一五年以上あることを考慮すると、退職金の受給の確実性は必ずしも明確でなく、また別居時の価額を算出することもかなり困難である。したがって、退職金については、直接清算的財産分与の対象とはせず、扶養的財産分与の要素としてこれを斟酌するのが相当である。
その上で、扶養的財産分与として、夫に対し、妻と長女が住んでいる不動産を、長女が高校を卒業するまで、賃貸して使用させるのが相当と判断。

(3)裁判例3

【裁判所等】
大阪高等裁判所 平成19年01月23日 離婚事件

【事案の概要】
妻が夫に対して離婚及び財産分与等を請求した事案において、夫の退職が5年後であった事例。夫は中小企業金融公庫勤務。

【裁判所の判断】
夫が定年退職する際に退職金が支給されることはほぼ確実な見込みがあるが、実際に支給される退職金の額は不確定であることから、退職金を財産分与する場合には、あらかじめ特定の額を定めるのではなく、実際に支給された退職金の額を基礎として、退職時までの勤続年数に基づいて定まる割合を乗じて得られる額を財産分与額とすべきであるとして、一定の計算式によって求められる金員を、夫が退職金を支給されたときに財産分与として妻に支払うよう命じられた事例。

(4)裁判例4

【裁判所等】
名古屋高等裁判所 平成12年12月20日 離婚事件

【事案の概要】
国家公務員である夫(別居時の勤続年数27年)を被告とする離婚等請求訴訟。夫の退職が約8年後の事例。

【裁判所の判断】
財産分与算定の基礎財産となるのは、夫が現時点で自己都合により退職した場合に受給できる退職手当のうち婚姻期間に対応する部分である。そして支払時期は、退職金の支払が不確定であること、離婚時点で精算すると夫に資金調達の不利益を課すことになるから、夫が将来退職手当を受給したときと判示。支払額は、実際の退職時には、現時点で自己都合退職して算定した額よりも多くなることが予想されることを根拠に、現時点で自己都合退職して算定される退職金額より若干多めに調整して算定。

(5)裁判例5

【裁判所等】
東京地方裁判所 平成11年9月3日 離婚事件

【事案の概要】
離婚に伴う財産分与が争われた事案で、夫が6年後の定年後。夫は会社勤務。

【裁判所の判断】
夫が現在の会社に六年後の定年時まで勤務し、退職金の支給を受けるであろう蓋然性は十分に認められるとして退職金が財産分与対象財産になると認定。
分与額は、定年まで勤務した場合に支給される退職金から婚姻期間に対応する退職金を算定し、中間利息(法定利率五パーセント)を複利計算で控除して現在の額に引き直し、その五割に相当する額を被告に分与すべきであるとした。
支払時期は、夫の他の財産状況を考慮して、離婚時に支払うべきと判断した。

(6)裁判例6

【裁判所等】
東京高等裁判所 平成10年3月18日 離婚事件

【事案の概要】
離婚に伴う財産分与が争われた事案。夫は学校理事。定年退職時期は不明であるが夫が高齢であるから遠い先ではない事例である。

【裁判所の判断】
夫が、学園から退職金を受領する可能性が高く退職金は財産分与対象財産となる。支払額は、定年までに勤務すると仮定した場合の退職金額をもとに退職金額を定め、支払時期は、退職金受領時に500万円を支払えと判示。

(7)裁判例7

【裁判所等】
東京高等裁判所 平成10年3月13日 財産分与申立事件

【事案の概要】
財産分与が争われた事案。夫は鉄道会社保線員として勤務。定年までの期間は不明であるが、勤務先が60歳定年とすると5年程度と推察される。

【裁判所の判断】
将来支給されることがほぼ確実である退職金は、財産分与対象財産である。支払額は、離婚時に退職した場合の退職金相当額から所得税等相当額を控除した残額の半分として算定。支給時期は、現実に退職金が支給されたときに770万円を支払うべきと判示。

3、検討

(1)定年退職まで期間と退職金の財産分与性

裁判例(1、3から7)によると夫の退職が8年後の事案までは、退職金を財産分与対象財産とすることを認め、一定の給付をなすことを命じています。
これらのケースは比較的安定した会社であり退職金の受給可能性が高いことも影響していると考えられます。
このように、裁判例においては、退職まで比較的短期間で退職金の支給可能性が高い場合には、退職金の財産分与対象財産性を認め金銭的給付を認める傾向にあると考えられます。

他方、裁判例2は、退職まで15年のケースですが、退職金の受給可能性が高いとはいえないため、ストレートには財産分与対象財産とは認めず、他の財産の財産分与の方法を定める際に妻に有利な考慮要素として反映させています。
定年まで何年のケースであれば退職金を財産分与対象財産とするかは個別具体的に判断することになりますが、上記裁判例を受けた私見としては定年まで10年程度で安定した会社や公務員勤務の場合では分与対象財産とされる可能性が高いのではないかと考えます。

(→2020年6月10日加筆。離婚裁判を取り扱っていると裁判例の通り退職まで15年程度の案件で問題なく退職金を財産分与財産として取り扱っていると思われます)

(2)給付額と分与の方法

  1. 離婚時(別居時)に自己都合退職したと仮定した場合の給付額から同居期間に応じて財産分与 対象財産額を算定し、実際の退職金給付時に支払を命じるもの(裁判例1、4)
  2. 定年まで勤務すると仮定した場合に支給される退職金額を元に分与額を定め、離婚時に支払を命じるもの(裁判例5)
  3. 定年まで勤務すると仮定した場合に支給される退職金額を元に分与額を定め、離婚後実際に退金の支給を受けることを条件として支払を命じるもの(裁判例6、7)
  4. 離婚後実際に退職金の支給を受けることを条件に、実際の支給額に判決所定の計算式をかけて財産分与を行なうよう命じる判決(裁判例3)と分けられます。

 退職金からいくらの金額を財産分与として考慮するかの計算方法は数通りありますが、支払時期は、実際の退職金給付時とするケースが多いように思われます。

4、最後に

以上実務上も判断が難しい退職金の財産分与性について裁判例の分析を行ないつつ考察を行いました。この記事をお読みいただける方の少しでもお役に立てるのであれば幸いです。